せっかく書いたので、クソのような文章を載せます(twitterに書いたけど違うと思って消した)。
9年間働いた学習塾講師を辞めました。
大学卒業と同時に終了、という予定だったんだけど、読者の方は御存知のように卒業が果たせなかったので、普通に辞めるという形になったんだけども、もともと今日で終える気持ちでいました。
よくあるかたちだと思うけど、小学5年のときに入ってから、教室の場所が変わったりもしたけど中3のまで通い、中学卒業と同時に事務・問題作成担当として雇用され始めました。
専業でないものの高校1年時からちょくちょくアドバイス程度に教えはじめ(わずか1コ下の子たちに)、高校卒業と同時に本格的に講師の立場になりました。
高校時は週2回、大学1~2年は週4回以上でした。1年のときは17時から5コマを週4回、自分でもよく働いてたなと思います。
大学に行かなくなり、部屋からほとんど出なくなった07年下半期頃も講師のバイトだけは平気な顔をしてやっていました。それほど、自分の部屋と同じくらい馴染んだ場所だったようです。
退学後フリーターになってからは3つ掛け持ちになり、それでも軸になっていたのは講師でした。
徐々に中学に入ってから卒業するまで3年間まるまる見続けた子がでてきた頃、年始に湯島天神に行くようになりました。趣味みたいなもんで、今年まで5年間くらい毎年続けました。
中学受験の小学生も、高校生の授業も、一人で教室を開けたり。だいぶ任されるようになりました。
気が付けば丸9年そこに居ました。
今思えば、子供好きではないから続けられたことだし、いい加減だからストレスもなく、結果が見えなくても粘れるようになってはいたと思います。
生徒をひっぱたく分責任も負ってたし、警察も来たし、最後にはみんな良い生徒。
でも手をかけたからその分良くなるわけではない理不尽さがまた子供たちなんだと体感しました。
昨今の親は確かに変なのが多くて、ガム噛みながら話するくらいは普通にいます。学校の先生は本当に大変。
勉強するところだと考えていない生徒が大多数で、そんな子供にした親もいる。
学期やテストの数を減らして学習機会を奪う、試験なしの入試が基本線になる、そんな教育制度に疑問を感じざるを得ない日々でした。
あと他塾からスパイが来たりもする。人口の増え続ける川崎で、しかも子供が多い地域なのでビジネスチャンスがあるんだと思ってるんだろうけど、この辺は子供の勉強にお金をかけようと思ってる人が少ない。
だから塾を開くのはこの地域では無駄。現にうちは兄弟や親同士の口コミで生徒を引き込むことしかできなかった。
勉強以外にも塾に通う利点はあるはず。この辺りは一人っ子は少ないけど、親以外の大人と触れる場所を提供できる面で、塾は地域社会的な貢献ができているんではないか、と思う。
子供たちを見てきて実感し、口酸っぱく言ってしまうことだけども、一人っ子の男の子はダメになりやすい。親にとことん甘えるからだ。女の子には母性があるので、同世代の男の子の面倒をみたり、勝手にそう育つ。
兄弟がいないのはしょうがない。困るのは、親以外にふれあう大人がいないことだ。学校の先生とも距離を置くことができるし、先生側も厄介ごとにならないようそうしているきらいがある。
だから子供のためには、できれば、祖母祖父と一緒に暮らしてくれていれば、とは思う。
話が逸れました。
教えてきたあの年代の子たちは感謝を示すより恥ずかしさが勝つはずなのに、感謝を表してくれるとこっちは涙ぐんでしまいます。卒業後たまにやってきて、立派な姿や態度を見せてくれると、もっと泣けてくる。
立っているだけで解る。子供の成長って日進月歩だと思う。
でも個人的には送り出した子供たちが自分より先にどんどん社会人になっていくのには自分の無力さも感じたけど、「あのとき教えてくれたから」と言われ誇らしいとも思った。
10代半ばから20代前半という時期に人を見る仕事ができて本当に良かった。
どっか自分の深いところにずっと残る、大事な9年間でした。
書いててクソ恥ずかしいですが、生徒と塾長には感謝。